【7/26発売】福尾匠『眼がスクリーンになるとき:ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』(フィルムアート社)
博士後期課程に在学中の福尾匠さんの単著、『眼がスクリーンになるとき:ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』』がフィルムアート社より7月26日に発売します。

以下のフィルムアート社詳細ページから、「はじめに」の全文ためし読みが可能。是非ご覧ください!
http://filmart.co.jp/books/jinbun/cinema/

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◆書誌情報

眼がスクリーンになるとき:ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』
福尾匠=著

発売日:2018年07月26日
四六版・並製
304頁
ISBN 978-4-8459-1704-4
本体:2,200円+税

◆目次

はじめに
第一章 映画と哲学、ベルクソンとドゥルーズ
1-1 『シネマ』と映画
1-2 ベルクソンにおけるイメージと運動
1-3 ベルクソンの「映画的錯覚」批判とベルクソニズムによるその解決

第二章 運動イメージ――感覚-運動的に思考する映画
2-1 運動イメージの分化――宇宙の構築
2-2 運動イメージの種別化――主観性の物質的アスペクト
2-3 映画的思考1――全体とフィギュールの思考、画面外と音声

第三章 運動と時間
3-1 運動から時間へ?――ランシエールの『シネマ』批判をめぐって
3-2 零次性としての知覚イメージ――物の知覚
3-3 眼がスクリーンになるとき――運動と時間

第四章 第一、第二の時間イメージ――視-聴覚的に思考する映画
4-1 結晶イメージの境位――知覚と記憶の同時性
4-2 過去の共存と現在の同時性――「脳」と「宇宙」の新しい意味
4-3 映画的思考2――〈外〉と定理の思考、視-聴覚的映画
補遺 ドゥルーズの「減算と縮約」

第五章 第三の時間イメージ――ひとつのおなじ結論の三つの異なるバージョン
5-1 私に身体を与えてください――瞬間に持続を導入する
5-2 偽なるものが力能になるとき――『シネマ』の物語論
5-3 ふたたび『シネマ』と映画、ベルクソンとドゥルーズ

文献一覧
あとがき

◆著者プロフィール

福尾匠(ふくおたくみ)
1992年生まれ。横浜国立大学博士後期課程、日本学術振興会特別研究員(DC1)。現代フランス哲学、芸術学、映像論。論文に「映像を歩かせる——佐々木友輔『土瀝青 asphalt』および「揺動メディア論」論」(『アーギュメンツ#2』、2017年)など。翻訳にアンヌ・ソヴァニャルグ「リゾームと線」(小倉拓也との共訳、『ドゥルーズ——没後20年新たなる転回』河出書房新社、2015年)。